
CRIMSONブログをご覧の皆様、こんにちは。2025年度CRIMSONの副将/オフェンスリーダーを務めました、QB#7の江原俊です。
これまで多くのご支援、ご声援を本当にありがとうございました。
来年度は、BIG8という舞台でCRIMSONが戦えることを羨ましく、また誇らしく思います。来年度も変わらぬご支援、ご声援のほどをよろしくお願いいたします(私はもういませんけどね)。
高校では、ゆるいゆるいハンドボール部(どのくらい緩いかというと、9時の練習開始時に揃っていたのが半分くらい。大学のサークルくらいのノリ)に入っていた私にとっては、大学で体育会のアメフト部に入るなんて年末ジャンボにあたるくらい信じられないことでした。家族LINEで報告した際に、全員から驚きのメッセージが届いていたことを覚えています。
そんな私がアメフト部に入った理由は、本当にCRIMSONの雰囲気が良かったからです。当時の4年生には愉快な方が多く、笑いが絶えず、先輩たちの輪の中に入りたいという気持ちが、私をCRIMSONに入部させました(ハンドボール部出身で、ボールを投げることが得意だった点をよいしょよいしょされて、気持ちよくなってしまったという事実は、入部理由とは関係がありません)。
この四年間を振り返ってみると、非常に充実していたなと感じています。正規ポジションではないながらも、1年生のころからほんの少しではありますが試合に出させていただき、2年生からはQBのスターターとして出させていただきました。さらには、ラストゲームである日本大学戦では、不本意ながらも(笑)念願のWRというポジションで出場することもできました(見るに堪えないパフォーマンスでしたが)。
心残りがあるとすれば、4年目にして初めての肩のけがを負ってしまい、ラストシーズンをベストパフォーマンスで駆け抜けられなかったことです。夏合宿にて、2025年度ディフェンスリーダーであった三森くんのスーパーへなちょこタックルに肩を、しかも利き肩である右肩を、しかもQBの命である肩を、粉砕されてしまいました。秋シーズン開幕まで残り一ヶ月少ししか残されていない中、右肩を怪我したなんてことを言ったら殺される(自分で望んで入った強度の高い練習…)と思い、直後はにこにこ笑顔で黙っていました。
しかし、その後のコンディショニングで、ジョグするだけで右肩が痛み、これはやばいと思い練習をアウトしました。合宿も途中で帰宅し、三角巾に右腕を通しながら一人さみしく在来線で帰ったのを覚えています(実はそのあと新幹線を使って合宿地に再び戻りました)。
それからというもの、治療院に通うもなかなか治らず、秋シーズン初戦は後輩の田中君にQBを任せることとなりました。とはいえ、私が怪我をして合宿所を去ってからというもの、彼のテンションが高くなり、パフォーマンスも向上したと聞いています。実際に、著しい成長をしてくれており(上からでごめんなさい)、農工戦も心配無用で勝利してくれました。
江原君のほうに話を戻しますと、二戦目の上智大学戦の一週間前ほどから徐々に練習に参加することができ、なんとか試合に出場できる状態まで回復しました。しかし、そこからの秋シーズンは、試合をするたびに肩を痛め、試合後は安静、次戦の一週間ほど前から再び練習に参加するという日々でした。練習に参加しても、痛みを我慢しながら投げることが続き、肩をかばいながらめちゃくちゃなフォームで投げる、奇声を発しながら投げる、男梅みたいな顔をしながら投げる、といったことの連続でした。
ただ、ベストパフォーマンスは出せなかったとはいえ、なんやかんやで最後までシーズンを駆け抜けられた点は不幸中の幸いですね。なにはともあれ、CRIMSONで過ごした日々は私のお宝ですし、あの時軽い気持ちで入部した自分に感謝しています。毎回の練習も、ふざけまくる自分を無視する後輩QBもいましたが、80%の割合で乗ってくれたおかげで楽しかったです。例えば、キャッチボールの時に、コントロールミスをした後輩に大声で謝罪をさせまくったり(もちろん自分自身も大声で謝ります)、自分をロボットに見立てて、ボールを投げる前に胸や腕についている架空のボタンを押し、調整してから投げさせたり(自分自身はこれをすることでコントロールが良くなる傾向にあります)。。。ほかには、WR合わせで投げる前に、「だあぁ!!」と奇声を発させたり(自分自身はこれをすることで気合が入り、集中でき、成功率が上がる傾向にありました)と、いろいろと付き合ってもらいました。もっと集中してまじめにやれよ!と思う人が多いと思いますが、その通りです。来年度からはQB陣はより真面目に練習してください!
2025CRIMSONメンバーを含め、チームに関わってくださった多くの 方々のサポートなしにはBIG8昇格は成し遂げられませんでした。本当にありがとうございました。そのような中で、昇格した代の4年生でいられたことを非常にうれしく思います。
みんな、ありがとう!!本当に楽しい四年間でした。

