Blog

ブログ更新情報


2026

【2025引退ブログ 野口正人】長いので暇なときに読んでください

CRIMSONブログをご覧の皆様、こんにちは。2025年の主将を務めました野口正人です。

引退してから数日が経ちましたがまだ実感が湧いていません。部活が無くなり、人と会う頻度が減ったことを寂しくも感じますが、戻りたいとも思いません。そんな不思議な気持ちです。今回のブログでは4年間を振り返ろうと思いましたがあまりにも長くなってしまうので今年1年を振り返るに留めることにします。


自分は今年3回絶望しました。
1度目は新チームの発足時、2度目はQB江原の怪我、3度目は自分自身の怪我でした。

もうだめかと思うこともそれ以上にありました。正直、新チームが始動したときには絶望していました。こんなんで1部なんて夢のまた夢だと。自分の代の同期はどちらかと言えば自由奔放でリーダーシップのとれる人間が多いわけでなく、頼りになる旧4年生がチームを抜け、技術面、精神面でもかなりチームが弱くなったと考えていました。

2024年末に青山学院大学と下級生向けの合同練習をしたのですが、目を背けたくなるほどの出来でした。コーチ陣からも「アメフト以前の問題だ」と厳しい指摘を受け、これからの修羅の道を予想させる、そんな2025シーズンの幕開けでした。年末年始はチームが強くなるためにはどうすればよいかずっと考えていました。とくに難しかったのが「気持ち」の部分を強くする方法でした。なかなか言語化が難しいのですが、自分達の思い通りにならない状況でチームとしてブレてしまうような状況、自分はそれがすごく嫌いでした。結局「理想への信念」というふうに、2025CRIMSONの行動原理として言語化しました。
これはどういうことか簡単に説明すると、自分達の描く理想を実現するまで信じ抜く力、目の前に多少壁があってもブレずに突き進むことを意味しています。よくわかりませんよね。噛み砕くと強い相手にも勝てると信じて自分達のできることをやろうという話です。具体的には2007年のCRIMSONが関東最強の法政大学を倒すために全ての時間を捧げたように、自分達の力を信じたことにも似ています。
それも相まって2025年の目標は「全勝昇格」と設定しました。ここを貫いたところに自分の主将としての存在価値があったのではないかと今になって思います。

1、2月は忙しすぎてほぼ息をしていなかったと思います。面談やMTGなど四六時中ずっとアメフトのこと、チームのことを考えていました。そんななか、2025年のブロック編成が決まりました。2024年に敗戦を喫した専修大学と同ブロックでした。非常に燃えたのを覚えています。このために目標を「全勝昇格」にしたのだと。専修大学に勝つためにはBIG8上位レベルの力が必要、具体的には日本体育大学のフィジカル・ファンダメンタルのレベルをテーマとしました。

春季オープン戦は思った以上にボロボロの結果でした。春は結果より内容を重視していましたが、やってきたぶん結果もついてくるはずだと思っていました。上位校相手に対しても春からやってきたフィジカルを通用する手応えがあった一方で、チームとしての成長曲線が想定よりも緩やかに収まっているように感じました。国士舘大学戦は春の集大成としてようやく結果が出て、チームで勝利する喜びを思いだしました。秋は必ず勝ちたい、何が何でも全部勝ってやる、そう強く思いました。夏も4年間で一番しんどい夏だったと個人的には思っています。Scrimmageの回数を増やしなおかつ練習強度も下げずに貪欲に成長を求めるものでした。案の定たくさん怪我人が出ました。それでもリスクを背負わなければ勝てないと考えていたので、CRIMSONはハードワークを続けてきました。


夏合宿でもCRIMSONは激しく追い込み、自分がこだわって合宿最終日に実行した「追い込み練」(自重トレーニングを合計1000repやる)では部員全員がやりきることができました。ただ、全員がやりきれたものの、1000repの全てを全力でやりきれたのは全員ではないと感じ、少し心残りはありました。四股の深さ、腕立ての深さ、その一つ一つにこだわる姿勢が1プレーを大事にする姿勢に直結すると考えていたからです。まだ、関東の最高到達点を目指せるチームになれていないとそう感じました。

しかし夏合宿で最悪の事態が起こってしまいました。エースQB江原の怪我です。その日に学年MTGで号泣して謝ったのを覚えています。自分が考えたメニューで江原を怪我させてしまったこと、1番大事にするべきQBを高強度のメニューに入れてしまったこと、三森に左肩でタックルしろと言わなかったこと、同期のラストシーズンを自分の判断ミスで潰してしまうこと。積み上げてきたものが目の前で壊れていく音がしました。今年のチームは厳しくなったと絶望しました。

ただ、小平に帰ると3年QBの田中がメキメキと成長し始めました。大好きな先輩のために頑張らなければという思いもあったのでしょう。
秋季リーグ戦初戦東京農工大学戦は江原を欠いての戦いになりましたが田中の奮起で無事勝ち切ることができました。仲間を信じて走り続けてよかったと思いました。

しかし、ここでもアクシデントが発生します。4年DL菅原のシーズンアウトです。下級生から試合経験を積んでいた彼の離脱は正直かなりチームにとって厳しい事態でした。膝が腫れ上がって動けない菅原を見てどうにもできないことを悔しく感じたのを覚えています。さらに4年RB大音も次節の欠場が決まります。シーズン序盤にも関わらず4年生の負傷が相次ぎ苦しい思いをしたのを覚えています。一方でQB江原が戦線に復帰するという明るいニュースもありました。

そして臨んだ一次リーグ第二戦上智大学戦は試合に勝ち切ることはできたものの、隙が多く見えた試合で、試合後のハドルで怒鳴ったのを覚えています。一方、大音の代役の務めるべく臨んだ自分のパフォーマンスも満足できるものではなく、頭を丸めました。思えばアメフトをやるうえで髪の毛って一番要らないよなとふと思いました。突如現れた真っ白な頭はチームの1部昇格への覚悟を示すものだと自負しています。もともとスキンヘッドだった3年DLの中村も嬉しそうでした。

そして迎えた一次リーグ第三戦筑波大学戦はランゲームで優位に立ち勝ち切ることができました。復帰した大音と2人で走り楽しかったのを覚えています。このあたりから相手に負ける気がしないとチームメイトが口にするのをよく聞くようになりました。それは慢心ではなく積み上げた日々がそう思わせているのでした。「目の前の戦いに集中する」「自分ができることにブレずに全力を注ぐ」日々の練習のハドルで口酸っぱく言ってきたことが浸透しているように感じました。「理想への信念」が徐々にチームの根幹を為すものになってきたと感じました。

それが確信に変わったのが二次上位リーグ初戦関東学院大学戦です。この試合は序盤から相手に流れを握られリードを奪われる苦しい展開になりました。春のCRIMSONならこのままずるずるとやられたでしょう。
しかしこの時は違いました。チーム全員が誰も下を向かず声を張り上げ、プレーを続けました。サイドラインも1番うるさいくらいでした。全員で勝利を信じ続け、気がつけば流れを取り戻し勝利を掴むことができました。チームの成長を感じ、試合後のハドルで感極まったのを思えています。

試合後のある日の幹部MTGで幹部陣はあることに気がつきます。それは試合に勝っても喜んでいないことです。思えば一次リーグのときから毎回締まったハドルで次戦に臨むのが当たり前になっていました。スタンダードが上がっていることは良いことですが、本来のアメフトの楽しさ、チームで勝つことの喜びを忘れていました。自分自身、今年はアメフトを楽しいと思ったことは一度もありませんでした。チームの負けは自分の責任、昇格しなければ自分の存在に意味はない、そう思っていました。勝利に執着しており、他の事はどうでも良かった。次の専修大学戦、ハチャメチャに喜べる試合にしよう、そう誓いました。

二次上位リーグ第二戦専修大学戦。もう勝てないと思っている人間はチームに1人もいませんでした。この試合でも出だしは苦しい展開だったものの、自分達でリズムを取り戻しオフェンス・ディフェンスともにランゲームを制圧し、圧倒的な勝利を飾ることができました。

試合終了後、腹の底から叫びました。この瞬間のためにやってきた。仲間と喜ぶこの瞬間が何より幸せだ、そう思いました。これまでの心の重圧が軽くなったように思いました。

しかしこの時、自分の右肩はもう上がらなくなっていました。専修戦1Qでゴキッという感触と共に右肩に激痛が走りました。4年目にして初めての脱臼です。応急処置のおかげでなんとか試合は最後まで戦うことができましたが三日三晩痛みでろくに眠れず正直終わったと思いました。診断結果は脱臼骨折で3週間は固定でその後リハビリ、完治には手術が必要で全治術後6か月と、2週間後の日大戦に間に合わず、事実上の引退勧告でした。「選手としては諦め主将としての役割を全うする」と自分に言い聞かせておとなしく肩を固定し外から練習を見守る日々を過ごしました。

脱臼して1週間後の日曜日、転機は訪れました。練習冒頭の「今日の言葉」で副将寺島にこっぴどく叱られました。要約すると「野口はもともと頭のおかしい人間なので、もっかいぶち壊れても良いから日大と戦え」という内容でした。寺島は専修戦で指を骨折し即手術をしたのでどう足掻いても日大戦には出られません。それに比べたら自分の肩は気持ちでなんとかなる、そう思いました。丸くなってしまっていた自分が情けないのと同時に、こんな自分を見捨てずに発破をかけてくれる仲間がいることをありがたく思い、その時はしばらく涙が止まりませんでした。涙を流しながら、肩の固定をやめ可動域を勝手に回復させ、肩の筋トレを始めました。痛かったけどやりました。試しにダミーにヒットしました。悶絶するほどの痛さでした。でもやれんことはない。そう思ったら笑えて来ました。

その翌日の抽選で、Bブロック2位以上を確定させていたCRIMSONは1部BIG8への自動昇格を決めました。その日の夜、同期でご飯を食べて喜びを噛み締めるはずがあまりにも実感が湧かず、8年振りにBIG8の舞台を手にしたにも関わらず落ち着いた1日でした。そして2025CRIMSON最終戦の日大戦は前半終了間際に失ったモメンタムを取り戻すことができず、完敗を喫しました。自分達が1年間やってきたことはBIG8昇格には十分だった、しかし関東のTOPを目指すのではまだまだだ、そう突きつけられた気がしました。悔しかったですが涙は出ませんでした。申し訳ないという気持ちとここまで通用しないのかと呆然とした気持ちもありました。

ただ、遠藤監督の言葉と、いつもはドライな主務石山が号泣している姿を見たことで涙が溢れてきました。全部終わったんだと。最後のハドルは昇格したチームのラストとは思えないくらい締まったものになりました。みんなには馬鹿喜びさせてやることができずに申し訳ないです。まあこういう終わり方も2025CRIMSONらしい気もします。


最後になりましたが、OBOG、保護者の皆様、チームドクターの植原先生、これまでCRIMSONに関わってくださった全ての方々に感謝申し上げます。遠藤監督、藤井さんをはじめとしたコーチ陣の皆様にBIG8昇格という結果で恩返しができて良かったです。怪我の治療で足繫く通ったBF接骨院やBIGBEARの皆様にも大変お世話になりました。最後の最後に大怪我をしてしまいましたが、それまでは健康でおかげさまでなんとか4年間春秋全ての試合を戦い抜くことができました。CRIMSONは今年の結果に満足せずこれからも上を目指し続けます。どうか引き続きご支援のほどよろしくお願いします。

後輩たちへ1年間ついてきてくれてありがとう。君たちが後輩じゃなかったら今年昇格できなかったと思います。応援しているし信頼しています。君たちが1部の舞台で躍動するのが楽しみです。手術が終わって、髪が生えそろった頃にまたグラウンドに行きます。初任給で何か寄付したいので欲しいものも考えておいてください。

同期へ荒磯をはじめとした個性豊かな仲間たちで本当に楽しかったです。最初は頼りなかったけど、最後の方は4年らしくなって頼りにしてました。学ミーでこの代はダメダメだみたいな話もよくしたと思うけど、みんなだからここまでこれたと思います。みんなを信じて色々な事を任せて良かったと思います。たくさんわがままにも付き合ってくれてありがとう。人生の友達になると思うのでこれからもよろしくです。


2025CRIMSONの主将ができて幸せでした。主将をやってよかった。

 


コメント
名前

内容