CRIMSONブログをご覧の皆さま、こんにちは。主将の鈴木雄大です。
最近は夜の散歩にハマっています。散歩ってすごくいいものですね。リフレッシュできます。思い返すと散歩が趣味になったのは浪人の時でした。毎日のように予備校に籠っているとおかしくなりそうで、休憩時間はよく西新宿界隈を散策していました。勉強に身が入らない時は新宿から荻窪まで歩いたこともあります。懐かしいですね。
そんな私の近況はさておき、少し真面目な話をしようと思います。幹部ブログは幹部の想いをくだけた感じで発信しようというコンセプトで始めたものなのに、一発目から少し堅苦しくなってしまいそうです。次回からは気をつけます。このように幹部の想いを外部に発信する場はそう多くはないので、書きたいことは山ほどあるのですが、今回はリクルート的な意味を含めて、主に新入生に向けたメッセージを書きたいと思います。
そもそも大学に行く意味とは何なのでしょうか。いい会社に就職するためでしょうか。はたまた親の期待に応えるためでしょうか。この問いに対する正解というものは存在しませんが、私が納得した答えの一つを紹介しようと思います。
「誤解を恐れずに、あえて、象徴的に云おう。
大学に行くとは、「海を見る自由」を得るためなのではないか。
言葉を変えるならば、「立ち止まる自由」を得るためではないかと思う。現実を直視する自由だと言い換えてもいい。」
これは私の母校である立教新座高校の当時の校長、渡辺憲司先生の言葉です。
全文を読みたい人はこちらから「https://niiza.rikkyo.ac.jp/news/2011/03/20110311.html」
当時このメッセージは多くの反響を呼んだため、目にしたことのある人も多いでしょう。憲司先生の言葉を借りるならば、大学に行くとは「海を見る自由」を得るため。つまり自分自身と向き合うためなのかもしれません。
そのような意味ではCRIMSONという環境は自分自身と向き合うために最適なものだと思います。というのも、CRIMSONでは幾度となく自分の弱さを突き付けられるからです。自分の弱さと向き合い、それを受け入れることで、自分のやるべきことが見えてきます。そのような自分との対話を繰り返すことこそが自分との向き合い方なのだと思います。
大学の四年間の使い方は自由です。サークルで思い切り楽しむことも、留学で自分の視座を高めることもできます。もちろん正解なんてものはないし、納得できる形で過ごすことができればそれ以上の幸せはないでしょう。
しかし、己の弱さを受け入れ、自分自身と真剣に向き合うという行為はおそらく大学時代でなければできないことです。そしてその行為の先には必ず成長があります。そのような貴重な経験ができるCRIMSONという選択を多くの新入生がしてくれたら嬉しいです。